ゆとり世代が哲学する「趣味ってなんだろう」

ゆとり哲学趣味

「自分のやりたいことをして生きていきたい」。多くのゆとり世代が揃って口にする言葉です。もちろん、やりたいことを夢として追いかける人もいますが、会社に務めながら「趣味」として続けていく人も多いです。

趣味はとても私的で、誰かと共有できなかったとしても自分自身だけが満足できればそれでよかったはず。しかし、ゆとり世代にとっては少し様子が違うようです。今回のテーマは「趣味」。ゆとり世代にとって「趣味」とはどんな存在なのか考えていきます。

へたくそな「趣味」

「にわか」という言葉を聞いたことがある人も多いはず。例えば、あるアイドルが売れ出した途端にファンになったような人たちに対して、そのアイドルを売れていない頃から応援している人たちから投げかけられる言葉です。

この「にわか」という言葉は多くの趣味の分野で聞かれます。そしてそれは決まって、古参から新参者に向かって言われます。趣味というのは、ただ好きなだけでは「にわか」と言われてしまうことがあるようです。

都内の大学に通うKさんは趣味について、自分の考えを語ってくれました。

Kさん「やっぱり趣味を持っている人って素敵だと思います。休日とかにやることもなくだらだらしている人ってちょっと嫌だし、自分のやりたいことに熱中している人は性別に関係なくかっこいいと思います。

ただ、私には趣味って呼べるものってあんまりないんですよね。本を読んだり、映画を見たりするのは好きだけど、みんなが知っているようなものしか読んだり見たりしていないし。好きなことはあるけど、趣味とは言えないのかなと思っています」

Kさんは趣味というのは、自分自身が楽しんでいるだけではなく、他の人からの評価がなくてはならないと考えているようです。

つまり、「そんな本まで読んでるの!」「その作品についてそんなに深く考えているの!」という風に誰かに言われることが趣味かどうかを測る一つの基準になっているようです。

嫌われる「趣味」

また、「恋人に引かれる趣味」という見出しを雑誌やネットで見たことはありませんか?

人々の嗜好が多岐にわたるようになったことに伴って、娯楽もまた増えていきました。以前よりも多くの選択肢の中から選ぶことができるようになった趣味。

しかし、それは人々が自分の本当に熱中できることを提供してくれるだけでなく、趣味が嫌悪の対象になってしまう事態まで引き起こしたようです。

Kさん「もし付き合う人が、美少女ゲームとか、女の子のフュギィアとかが好きな人だったら嫌だなって思います。

そういうのが好きな人がいるのはわかるけど、私には全然理解できないし、付き合う人の趣味は私も一緒に楽しみたいと思うから、そういうのが趣味な人は嫌ですね」

趣味とは「私的で、誰かと共有できなくても自分自身だけが満足できればそれでいいもの」だったはずです。しかし、ゆとり世代にとっての趣味は誰かに評価されて、評価するもの。

ドイツの哲学者カントは「なにかが美化を概念によって規定する如き趣味の客観的な法則はあり得ない。なぜならば、趣味の判断はすべて直感的であるからだ。つまり、趣味の判断の規定根拠は主観の感情であって、容態の概念ではない」と言っています。

趣味とはとても私的で誰かに押しつけられたり押しつけることができるものではありません。自分が好きだと思う心に従って、のめりこんでいくものです。

誰が何と言おうと好きだと思えれば、趣味に成り得るし、誰かの好きなことを「おかしい」と言ってしまえるものではないはずです。

もしかしたら、趣味は「私の趣味はこれ!」と決めてしまうことから始まるのかもしれません。周りの意見や偏見を気にせず、自分が本当に好きだと思えることを楽しんでみてはいかがでしょうか?

きっと、好きで楽しいだけで立派な趣味になるはずです。

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